どくはく

思いつくままに雑記を書き綴るブログです。

相談を受けるということ

私は、基本的にシャイである。

ブログでこんなに絡んでいるのに、今更シャイはないだろう。と思っている、ブログ仲間もいるかもしれない。

でも、実生活では、口説くつもりのない女子とは目を見て話せないぐらいのシャイ。

理由は、目を見て話すと惚れてしまいそうになるからw。



とまあ、こんな感じなので、基本見つめられて話すのは男女ともに苦手。

しかし、そんな私でも年に数回は人の悩みを真剣に聞く機会がある。

相談内容は人によって千差万別(当たり前だけど)。

でも、共通しているのは、相談とは名ばかりで相談している方の気持ちとしては相手に自分の主張を分かってもらいたいという思いの方が強いように感じられる。

実際、私の場合は相談をしようと思った時は得てして結論は出ている事の方が断然多い。自分の主張に賛同してくれて背中を押してほしいだけなのだ。

だから、相談を受けるときにはまず相手の話を最後まで聴く。これが最大の鉄則。




しかし、私はこの鉄則をしばしば踏み外す。

相手が、まだ話を聴いてもらいたいと思っているときに、うっかり答えを出してしまうのだ。。

それは、相談を聴いていれば聴いているほど相手ほど陥りやすいミス。

言い訳をさせてもらうとそれは、相談相手に対して親身になって考え抜いた結論だからこそ、本人にわかってもらいたくて話してしまうのだ。

でも、それは私のエゴ。相談しているのは相手であって私ではない。私が解かってほしいなどお門違いも甚だしい。

しかし、本人は問題点がどこにあって解決策が非常に困難であるということは百も承知。

だって、本人は私の何倍もその問題に向かって悩み苦しんでいるわけだから。

しかも、このミスは致命的な結果をもたらすこともある。



ある日、私は友人の相談に乗った。

その友人は、非常に困難な問題を抱えていて、解決すること自体が困難な正真正銘八方ふさがりな事案だった。

友人が話す問題一つ一つに解決策を提示する私。

その時の私は、嫌らしい話だが少し優越感に浸っていたかもしれない。認めたくはないけど。

そして、どんどんその友人を追い詰めてしまった。



幸いなことに、その友人はやんわりとこれ以上追い詰めないで欲しいとSOSを発信してくれた。

私はその友人に助けられたのだ。

あのまま、続けていれば、私の強大すぎる正論の力で、友人を押しつぶしてしまうところだった。

取り返しのつかないことをしてしまうところだった。


結局、私は助けていたつもりで、逆に助けられたわけで。


このケースでは完全に立ち位置を見誤ってしまった。きっと今回は、話を聞くだけでよかったのだ。

ただ、毎回そうとは限らない。

次回は強く背中を押すことが必要なのかもしれない。逆に止めなくてはならないかもしれない。

はたまた、今回と同じように話を聞くだけがいいのかもしれない。

この辺は、やっぱりバランス感覚なんだと思う。




私は、まだまだ未熟者です。

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